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南町二丁目太鼓若連

印刷ページ表示を表示する 掲載日:2026年7月31日更新

ヘッダー画像_南町二丁目太鼓若連

魅力あふれる山車を目指して

​水戸の夏の風物詩である水戸黄門まつり<外部リンク>

その中でもひと際目立つのが、毎年10台以上も参加する、山車巡行です。
街には太鼓や笛の音が響き渡り、「今年も水戸に夏がやってきた」と感じさせてくれます。

水戸黄門まつりになくてはならない存在の山車ですが、その華やかな姿の裏には、まつり本番へ向けた並々ならぬ努力があることをご存じでしょうか。

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まつり本番の約1か月前。中心市街地にある南町二丁目商店会館からは、威勢のいい掛け声とともに太鼓を叩く音が聴こえ始めます。

真剣に、それでいてとても楽しそうに練習に励んでいたのは、南町二丁目太鼓若連の皆さんです。

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天から叩く

うちの太鼓の練習は、音ではなく形から入るんです。リズムは合っていても、手の動きや高さがバラバラだと、見ていて美しくないでしょ。だから「腕を振り上げて天から叩く」というのを常に意識しています。

そう話すのは、代表の中村眞一さん。昭和49年から50年以上にわたって南町二丁目の太鼓を叩き続け、現在は後進の指導にあたっています。

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腕を真っすぐ高く振り上げる姿が全員そろっているから、美しくもあり迫力も出る。南町二丁目は、魅せる山車を目指しているんです。

こだわり抜いた先に

「魅せる」というコンセプトは山車の造りにも表現されています。
昭和の時代は、近隣から山車を借りて運行していたそうですが、オリジナルの山車を造る機運が高まり、現在の南町二丁目の山車は平成6年に完成します。中村さんは、その設計段階から自身の思いを形にしてきました。

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昭和57年の七夕黄門まつりの様子

全国各地の祭りを見て歩きながら着想を得て、自ら描いたというイメージパースを携え、何人もの大工さんに制作を頼み込みました。しかし、あまりにも立派な完成図だったため、実現が難しく、当初はなかなか引き受けてもらえなかったそう。

最前列に叩き手が3人並ぶサイズの山車が一般的でしたが、私がイメージしていたのは4人並ぶ大きなものでした。広い国道50号を練り歩くから、それくらいでないと迫力が出ないでしょう。完成まで苦労したから、やっとの思いで山車をお披露目できたときは本当にうれしかった。

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平成6年にお披露目された山車

一般的な山車よりも太い材木を使って組み上げられた重厚な山車ですが、細部にもこだわりがあります。平成6年のお披露目以来、20年かけて山車に刻まれている彫り物を少しずつ増やしたり、火災事故を未然に防ぐために分厚い鉄板を搭載したり。安全に、そして魅せる山車として一つ一つ準備を怠りません。

水戸に南町二丁目あり

順調に見えるかもしれませんが、困難なこともありました。実は、南町二丁目は2台の山車で参加していたのですが、東日本大震災の影響で1台での運行を余儀なくされました。当時に比べたらメンバーは減ってしまいましたが、それでも「南町二丁目の太鼓を叩きたい」という憧れをもって、商店街の外からも多くの人が毎年参加してくれています。これからも、南町二丁目から水戸を盛り上げていきたいですね。

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平成18年の南町二丁目太鼓若連

取材したこの日、お話を伺った叩き手の皆さんからも、南町二丁目で太鼓を叩くことに対する強い責任と矜持を感じ取ることができました。

「天から叩く」「笑顔を絶やさない」
その伝統を守りながら、今日も南町二丁目から魅力あふれる音色が鳴り響きます。

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